吉見俊哉『自己との対話 社会学者、じぶんのAIと戦う』を読みました。
この本は、自身の著作などを学習させたAIである「AI吉見くん」と社会学者である吉見俊哉本人が対話を繰り返しながら、AIが論理の一貫性をどの程度保つのか、思考の飛躍をどの程度見せるのかなどを探った著作です。
本書の前半のAIとのやり取りを記載している部分は、正直、もう少し削って結論だけでも良いのかもとも思ったりしましたが(こんなふうになんでも結論だけ知りたいという気持ちは、タイパを求めてAIでレポートを書いている大学生にも通じるのかも・・・?)、本書の終章での著者の考えには共感する部分が多くありました。
特に、私自身もAIは壁打ちや、ちょっとした文章の作成に使ったりすることも多くけっこう便利だなと思ったりすることも多いです。長い文章の要点をまとめてもらったり、何か考えを深めたいものについてAIとやり取りをした後に要点をまとめてもらったりするとすっきりすることも多いです。
しかし、そうやっていると、自分で考えて、文章にまとめることがめんどくさく感じている自分に気づくことがあります。つまり、自分の力だけで考えることが億劫になっているんじゃないかと思う時があります。
終章で、著者は、考える力が失われていくことについて警鐘を鳴らしているようにも見えます。本書を読むと分かりますが、専門家が本気で反論していくとAIはまだまだ弱いです。論理もぶれますし、知識もないというか勘所がずれているふるまいも多くみられました。本書を読んでいると、昨今の人々のAIに対する考え方は信じすぎており、すごいものだと思いすぎているようにも感じました。やっぱり、もう少し人間の能力をうまく引き出す、もしくはAIが社会に浸透していく中で人間の能力を失わないためにどうするかみたいな視点もあってもよいのかなと感じました。